旭川林協

2018年6月 6日 (水)

旭川林産組合総会・・・理事長が概況演説

  広葉樹原木の流通公開市場を主催する旭川林産協同組合。
 年に10回開催される「銘木市」の存在感は企業の生命線。道内、本州の木材関係者が集う一大原料入手の場として、注目されつつもその歴史は半世紀を迎えた。
 このたび開催の第69回通常総会。

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  「業界を取り巻く変遷」と「銘木市」の近況を集約した格調高い髙橋秀樹理事長(昭和木材代表取締役会長)の挨拶は、これまでの動向と現状再確認という意味で生きた教材ともなって、出席者に感銘を与えた。以下はその要旨~。

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 <これまでの動向>
  •  昨年は旭川林産協同組合設立75周年、「北海道銘木市」開設50周年、そして北海道広葉樹協議会設立50周年と区切りの年が重なり、祝いの式典をさせていただいた。ある意味、北海道の木材業にとって最も元気の良い時期から半世紀という時にある。その半世紀の今、ひと言でいえば広葉樹は「原料不足」、針葉樹は「適材原木不足」で建築材市場で拡大ができない状態にある。
  •  50年前1960年代は、北海道の木材収穫量は針葉樹700万㎥、広葉樹600万㎥、全体で1,300万㎥もあり、欧州向け輸出インチ材、米国向け輸出合板全盛時代であった。北海道に1,400もの製材工場が林立する最盛期といえる。
  •  1970年代に入って国産材収穫量が減小に向かうにつれて、北洋材・米材輸入の時代時代が到来し、広葉樹はソ連から、針葉樹は北洋材・米材が大量に入荷した。背景には為替300円が160円円高へのプラザ合意があった。
  •   1990年代、針葉樹収穫量が400万㎥、うち広葉樹200万㎥まで減少。一方、ソ連が解体し自由化によってロシア丸太全盛時代が到来した。国産材不足を完全に外材が補い、豊富で最も安い原料時代であったといえる。
  •  2000年代、ロシア材の硬直化、米国へ産地シフト開始。脈々と中国が台頭してきた。2010年代、人工林間伐が施策主体となり、針葉樹収穫量400万㎥、広葉樹60万㎥に激減した。更に2011年ロシア輸出税%、広葉ナラ・タモに100ero/㎥賦課され、その後2015年のロシア産タモ・ナラがワシントン条約に登録されるや激減の一途となった。
  •  2017年、国産収穫量に若干の回復が見られるも、用材は不足、中国の世界木材買い占めで外材も不足している状態。2018年、韓国コンテナ滞船問題、中国での燻蒸トラブルが発生している。これは強権的指導者ばかりの米国、中国、ロシア間の貿易戦争や自国ファーストで何が起こるか分からない現状は気がかりなところである。

<銘木市>
  •  29年度の市売り事業は、売上数量17,590㎥/売上金額8億1,100万円/平均単価46,120円/元落率2.49%。売上はほぼ前年と同様であるが、低い元落は殆ど完売状態となった。内容は官材出品数が150%と増量となった。北海道森林管理局に感謝を申し上げたい。外材は608㎥。前年比114㎥減少した。ロシア材がますます硬直化していることと、中国に仕入で負けている背景がある。
  •  小径木主体のロット椪が大幅に増えた。20㌢上の小径木ロットや3等材が売れるようになった。これは資源の減少と小径化にあわせて、木材商品が開発されていることがある。道産ナラの節をキャラクターにした床材や、節のついたテーブルなどが人気商品となった。ナラの樽で製造されたウイスキーや、幼児用の「君の椅子」プロジェクト、ミズナラブームにある。地元家具業者による北海道家具のブランド化も加わり、メジロカバの床、内装建具、楽器材などに広く使用される樹種になった。

<日本の広葉樹>
  •  *北緯43度ー45度は、世界的温帯広葉樹地帯。*大雪山という森林帯と資源があり、水が豊富で夏散水が可能。*寒い冬で良質な木材がある(冬保存が効く)。*広い土地があり、保管と天然乾燥ができる。古くからが木材加工技術が磨かれ、伝承されてきた。*海外との交流で、世界から不足する原料の調達が可能。
       
    温帯広葉樹の製造工場は、北海道しかないといって過言ではない。

  •  資源は国と道の山にあり、これを安定的に供給していただき、加工して家具、内装建具など付加価値をつけて全国販売する。針葉樹は設備更新して建築材の主導権回復が肝要と考える。
  •  このスキームを続けていくことこそ、北海道の木材ワールドが生きていける道。そのためには国、道、林産試験場、銘木市・原木市の流通、家具メーカー、製紙会社、バイオマス、そして木材業者が連携して一大木材産地産業を維持していくしかないと考える。

2017年5月17日 (水)

設立75周年・・・旭川林産協同組合の今昔

 「自然を守る国有林、道有林、東大演習林、民有林の森林群に囲まれた旭川。北海道立林産試験場や北方建築総合研究所があって、国内外に発信されるブランド家具製品が成り立つ旭川・・・大雪山の麓に一大木材産地産業が形成されている。
 
 その中に木を植え、間伐する造林・造材業者から針葉樹・広葉樹製材業者、合板・集成材・プレカットなどの製造業者、王子製紙・日本製紙と流通商社で構成される旭川林産協同組合がある」と、大局的な背景を語る髙橋秀樹理事長。



 組合設立75周年、北海道銘木市開催50周年を迎えた記念式典・祝賀会がお客と出品者、来賓はじめ全ての関係者340名余を招いた盛会裡開催の模様は、本ブログ「森林産業ニュース」(4月3日付)で公開したが、北海道森林管理局長はじめ関係の来賓を招いて開催された5月15日の第68回総会・・・
 
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  • 総会会場
 
その中に示された市売事業を中心とする盤石の資産形成の経緯・・・それは
「北海道の有用広葉樹・・・その真価を問う」 を提起した髙橋丑太郎第4代理事長の広葉樹将来展望が、熱意を超えた火の玉となって開設に至った半世紀を刻む銘木市事業にある。



 その流れは髙橋さん出版の〈広葉樹に惚れて50年〉にも記されているが、並や愚かではない尽力を惜しまなかった理事長はじめ組合役員の当時が想起される記念式典・総会の印象を強くした。


 髙橋秀樹理事長が総会で述べた「先人の苦労と現組合員の真摯な活動、関係の皆様のご支援の賜」と、75周年・銘木市50周年の記念に寄せる全人への感謝の思い。そして市売事業の近況と組合を取り巻く内外の環境にも触れたその要旨~
 
 
① 28年度銘木市の結果は、
*売上数量17,237㎥
*売上金額8億2,600万円
*平均単価47,900円
*落札率95.4%。
 この成績は前年の売上10億台から1億8,400万円も減少した。特に官材は1,900㎥減7,100万円の減少となった。
 この大きな理由は、4回の台風で十勝、日高、オホーツク、上川地方に大きな被害が発生し、河川や林道の決壊で搬出不可能、伐採中止が起こった。台風被害復旧最優先のために、民有林伐採に人手がまわらず、事業中止の森林もあった。
このことで銘木出品量の減小と業者の原料不足となった。目立たないけれどこの市売事業も台風被害者になってしまった。
 外材の出品は722㎥で前年比81㎥の減。全体での比率は4%に過ぎない。ロシアのタモ・ナラが絶滅危惧種ワシントン条約アイテムになったことが効いてきたことと、円安によるコスト高。まさに道産広葉樹唯一の原料流通市といって過言ではない。今月から施行されるクリーンウッド法により、ますます期待されると思われる。



② 旭川林産協同組合は昭和17(1942)年7月、木材統制下で造材業者による上川地区伐出組合いと、製材業者による旭川地区製材組合を設立したことから始まって75年。
 戦時統制、戦後の復旧材供給、洞爺丸台風の風倒木処理、輸出製材合板全盛、銘木市の開催、プラザ合意の円高による外材時代の到来、バブル崩壊、たくぎん破綻と組合員の廃業、中国木製品との闘い、リーマンショック、デフレ経済、ロシアタモ・ナラのワシントン条約登録などなど、荒波の連続であったが、50年間銘木市事業を継続し、その積み重ねで資産を形成することできたのも、先人、組合員そして多くの方々のご支援の賜で感謝申し上げたい。
 
 
  • *総会で選任された新役員
理事長・・髙橋秀樹(昭和木材 /代表取締役社長)
副理事長・山田   稔(山田木工場 /代表取締役会長)
理事・・・上坂勝司(上坂木材 /代表取締役会長)
理事・・・野村幸生(ノムラ /代表取締役社長)
理事・・・尾田泰一(尾田木材 /代表取締役)
理事・・・岩下  誓(山田木材工業 /代表取締役社長)
理事・・・井口公夫(東邦木材 /代表取締役社長)
理事・・・桜井範明(北日本木材 /代表取締役社長)
監事・・・齋藤修一(斉藤工業所 /代表取締役社長)
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髙橋理事長から永年勤続表彰を受ける山田副理事長
ほか6名の役員が受賞。

2017年4月 3日 (月)

組合75周年・銘木市50年を祝う式典と祝賀・・・旭川林協

  旭川林産協同組合が創立75周年・主催の北海道銘木市が開設50周年・・・意義深い節目の記念式典と祝賀会が盛大に開催された。
 
 初代・松井耕造(松岡木材)から板東良一(浅野木材)、真弓政久(松岡木材産業)、髙橋丑太郎(昭和木材)、齋藤一郎(齋藤木材)、現在の髙橋秀樹(昭和木材)各氏の歴代理事長は6代にわたる。


 昭和17年に設立された上川地区伐出組合、旭川地区製材組合が、木材統制下での北海道地方木材株式会社解散に伴って21年合併し、旭川地方木材業組合へ。25年に法人化の旭川地区木材林産協同組合が、のちに現組合名に変更され今日を迎えた。その歴史4分の3世紀は、他に類なき史実として特筆される。
 
 世界に冠たる優良広葉樹の集積聖地として、その将来像をも含めた産地での広葉樹真価が適正に評価されてしかるべき・・・時の髙橋理事長、上坂副理事長の情熱が関係役員を動かし、昭和42年開設された銘木市事業。半世紀の歩みは、今回の3月末日開催いわば年度仕舞い市が404回を数えた。予期以上の単価も見られ、年度末市に相応しい様相を呈した。
 
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340名が集う記念式・祝賀の宴・・・(1)
 
 
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ハイレベルの編纂記念誌・・・(2)
 
 
 
  • 髙橋理事長の式辞~全文(概要)を掲載
 
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